2022年度 第2回授業

第2回授業 「薬の作用と正しい使い方を学ぼう」

8月7日(日)14:00~16:00  横浜市立大学カメリアホール(横浜市金沢区)

講師:木津 純子(きづ じゅんこ)先生

 (前慶應義塾大学薬学部教授、薬学共用試験センター、薬剤師)

受講者 66人(4年生21人、5年生19人、6年生26人)

 

 第2回授業は、病気やケガの時にだれもがお世話になったことのある「薬」について勉強しました。

長年病院の薬剤部に勤務し、大学で教壇にも立ってきた木津純子先生が、薬剤師の仕事の実際を紹介しながら、薬とはどんなものか、どう使えばいいのかについて、わかりやすく講義してくれました。授業の後半では実習の時間が用意され、全員で粉薬を包む薬包紙の正しい折り方に挑戦、コロナ禍で手放せなくなったマスクの効果的な付け方も学びました。授業後に行った学生アンケートでは「新しい薬をつくる大変さを初めて知った」「薬の飲み方を間違えないようにすることが大事だと分かった」などの感想に混じって、薬剤師という職業に関心を寄せる声が目立ちました。

 以下、先生の講義を要約して紹介します。

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 今日は薬剤師の仕事について触れながら、薬とはどんなものなのか―こわい部分もあれば、非常に役立つ部分もありますのでその辺のお話をしてみたいと思います。

 

――薬ができるまで

 新しい薬を作るには長い時間がかかります。まず基礎研究に3~4年かかります。たとえばこの物質は熱を下げるはたらきがあるのではないか、痛みをとるのに役立つのではないか、ということを理論的に研究する段階です。次いで動物で効き目を確かめる非臨床試験に3~5年。それからヒト、大体は若い健康な男の人ですが、実際にヒトを対象にした臨床試験を3~7年。そこで効果が確かめられて初めて承認申請をして審査を受ける、という流れです。ですから一つの薬を作るのに、全部で10年から15年ぐらいはかかるんです。費用も大変です。薬によっていろいろですが、200億円ぐらいでしょうか。

 薬に限らず、新製品、新商品はたくさん生まれています。たとえばお菓子なんかは、今どんな物が人気があるかというような市場調査をして、どうでしょう1、2年ぐらいで新商品が出てくるのではないでしょうか。薬はそれにくらべて膨大な時間と費用がかかります。

 ヒトの臨床試験は治験と呼ばれますが、被験者である患者さんを二つのグループに分け、片方にはすでに効果が確認されている既存の薬を、もう片方には新しい薬を投与するという方法で行います。薬を飲む患者さんたちも治療にあたる医師たちも、どちらのグループが新薬を使っているのか知りません。この方法を「二重盲検(にじゅうもうけん)」と言います。そのうえでどちらの薬がよく効いたかなということを調べます。こうして初めて新しい薬ができるのです。

 ひとつだけ代表的な薬の話をしましょう。ペニシリンという抗菌薬です。皆さんも聞いたことがあるかな。フレミング博士がブドウ球菌を培養しているとき、カビの胞子がたまたま皿に落ち、その周りの菌が溶けていくのに気がついた。青カビから偶然見つけた抗生物質です。1928年のことです。このペニシリンのおかげで第2次大戦中に多くのけが人が助かり、1945年にノーベル賞を受けました。

 さて、ここまでの話で薬と他の商品の違いが見えてきましたね。つまり薬は、①はたらきが人間のいのちにつながる。上手に使えば人を救えるが、使い方を誤ると人を死なせることにもなってしまう②量がはたらきと関連するので品質を一定に保たなければならない。同じ錠剤で量にばらつきがあってはいけない③値段や宣伝などが法律で厳しく規制されている。テレビで色々な薬のコマーシャルが流れるがあれは市販薬で、病院でもらう薬は宣伝してはいけないことになっている④取り扱いに高い専門性が必要―ということです。

 

――薬剤師の仕事

 薬剤師は薬の専門家として、病院やまちの薬局で医師の書く処方箋に基づいて調剤をしたり薬を売ったりしています。でも仕事はそれだけではありません。新しい薬をつくる仕事もあります。そのために企業の研究所に行っている人もたくさんいます。それから患者さんに一番合った薬を選ぶ、たとえば血圧を下げる薬は何十種類もありますが、その中でどれがその患者さんに最も適しているかということを考えます。それから正しいのみ方や使い方を教える、効果と副作用を確認する・・・・・・と、やることはたくさんあるのです。

 私がかつて仕事をしていたのは、東京大学医学部附属病院分院の薬剤部というところです。病床数260床ほどのわりと小さい病院でしたが、世界で初めて胃カメラを開発したことで知られています。ここに25年間いました。最初は調剤です。それからいろいろ薬について調べて医師にその情報を提供する仕事、それから院内で薬をつくる製剤の仕事、ほかにも医薬品試験、医薬品管理、そして病棟業務と、さまざまな部署で多くのことを経験しました。

 薬をつくるということでは、こんなことがありました。お腹に帯状疱疹(たいじょうほうしん)ができた患者さんがいました。最初赤いぶつぶつが出てきて水ぶくれになり、かさぶたになるというふうに進行するのですが、この症状が治まった後まで痛みが残ってしまいました。帯状疱疹後神経痛という病気で、電気が走るような、針で刺すようなすごい痛みを伴います。今は薬を飲むことで抑えることができますが、当時は薬がなくて神経痛になってしまう人が多かったんです。薬剤部に「痛みをなんとかできないか」と医師が相談に来る。そこで考えたのがアスピリンです。アスピリンは何百年も前からある、痛み止めと熱を下げる薬ですが、飲み薬しかありませんでした。そこで自分たちで基剤に飲み薬を混ぜて塗り薬のアスピリン軟膏(なんこう)をつくりました。患部に塗ってガーゼを当て、ラップで覆(おお)って30分ほどしたら痛みが消えました。患者さんと医師からとても感謝されました。院内製剤と言いますが、こんなふうに患者さん一人ひとりのために薬を作ってしまうこともあるんです。

 

――患者から学ぶ 

 ベッドサイドに行って入院患者さんといろんな話もします。患者さんから学ぶこともたくさんあります。やはり分院に勤めていた頃、婦人科系のがんで入院されていた71歳の患者さんがいらっしゃいました。抗がん剤を使っている影響で白血球がどんどん少なくなってしまって、さまざまな菌に感染しやすい状態になっていました。本人も非常に気をつけていたのですが、やはり感染してしまい急に熱が出ました。医師から相談を受けて次はどんな薬を使えばいいのか、ずいぶん考えました。抗がん剤の治療はものすごくつらいんです。そして、そんなつらい思いをしても100%治るわけではありません。

 ある時その患者さんが私に言うんです。「一つだけやり残したことがある。どんなつらい治療も我慢するからどうぞ助けてください。なんとしても退院したいんです」と。やり残したことというのは、「精一杯おしゃれをして、主人ともう一度温泉旅行に行く」ことでした。その後状態がやっと落ち着いて退院することができました。しばらくして外来を受診した際に薬剤部を訪ねてきて「信州の温泉に行ってきました。本当によかった」と話してくれました。ウイッグをつけ、素敵なワンピースを着ていらっしゃいました。この患者さんはそれから半年ほどして再入院になり、亡くなりましたが、つらい治療でも目的を持つことで頑張って続けられるんだ、ということをこの患者さんから教えられました。

 薬剤師は薬という「モノ」について勉強しますが、それは患者さんという「ヒト」を勉強することにも通じるんですね。患者さんから学んだたくさんのことを、これからは新しい薬剤師を育てるために生かしたい―そう思って私は大学教員の道に進むことにしました。

<実習では薬包紙の包み方に挑戦。最後がむずかしく、木津先生から直接手ほどき>

 

――薬剤師になるには

 現在国内には薬剤師になるための大学・学部が79あります。薬学教育は6年制で、4年の時に薬学共用試験というものを受けます。これに合格しないと病院や薬局など現場での実習に行くことができません。実習に行く前には白衣を授与する「白衣式」というものをやります。そして卒業後に行われる国家試験をパスして初めて薬剤師になれます。薬剤師は生涯有効な国家資格です。薬というきれいなものを扱うのと、国家資格が得られていつでも薬局などで働けるということで、女性の割合が非常に高い仕事です。

 薬学部では学生と一緒に実験や研究もします。たとえば「経皮マイクロ投薬システム」という、小さな突起がたくさんついた貼り薬をワクチンに応用する研究もしていました。皆さんの中にもコロナのワクチンを打った人がいると思いますが、あれは筋肉注射ですね。ワクチンを薬の瓶からシリンジ(注射器の筒)に詰め替えるのは薬剤師の仕事ですが、ひとつの瓶から5、6人分の小さなシリンジに正確に分けていくというのは、とても大変な作業なんです。貼り薬なら簡単だし、それに注射のように痛くない。コロナのワクチンも貼り薬ならいいですよね。この研究は今も継続しています。どの職業にも言えることですが、なんのためにこの仕事をするのか、目的をしっかり考えたうえで仕事に取り組める薬剤師になることが大切だと思います。

 

――薬の効き方

 薬はどうやって効くのか、その仕組みについて考えてみましょう。薬は体の中でどんな道すじをたどるでしょうか。飲んだ薬は食道から胃、十二指腸、小腸に送られ、その間に消化管から吸収されます。そして門脈という血管を通って肝臓に入り、血液に取り込まれて全身に運ばれ、薬の作用を発揮します。役目を終えると肝臓にもどって体外に出やすい形に変化し、排泄(はいせつ)されます。血液が体をぐるっと一周する時間は

1分ぐらい。飲んだ薬が胃や腸で溶けて効き目が出てくるのはだいたい20分から30分後、と考えていいでしょう。

 薬は1日に飲む回数(用法)と1回に飲む量(用量)が決められています。これは薬の効き目が血中濃度によって左右されるため、最も効果的に働くように計算されているのです。決められた量より多く飲めば血中濃度が上がって副作用が起きやすくなります。逆に少ないと濃度が下がって効き目があらわれません。いつ飲めばいいかも指示されていますね。「食前」は食事をする30分から1時間前、「食後」は食事をしてから30分以内、「食間」は食事と食事の間のことですから前の食事をとってから2時間後ぐらいというのが目安になっています。薬がその効果をきちんと発揮するためには、指示をきちんと守らなければならないんです。

 薬(クスリ)は反対から読むと「リスク」になります。用法と用量を守って、正しく使うことがなにより重要です。